平成19年度 野球部名勝負!
H19 秋季栃木県大会準決勝 宇都宮商業高校戦
吉田 峰人
平成19年10月6日土曜日に行われた秋季高校野球栃木県大会準決勝は、2試合とも激戦になった。第1試合は今大会の優勝候補筆頭の佐野日大高校が宇都宮南高校に7回まで1点をリードしながら、8回表に佐野日大のエース出井が宇都宮南の9番山野上に左越えに逆転2ランを打たれ、3対4で宇都宮南にまさかの逆転負けを喫するという波乱が起こった。そして次の第2試合、矢板中央高校vs宇都宮商業高校も逆転の試合となった。野球の試合に逆転の試合は星の数ほどあり、3点や4点くらいのビハインドなら十分に逆転が可能だ。でもさすがに9点差を逆転するとなると話は別だ。普通は試合で9点をリードしている方は余裕を持って戦えるから、その状況で10点取って試合をひっくり返すのは余程奇跡が起こらない限り不可能に近い。しかしこの第2試合は、先攻のチームが4回を終了した時点で0対9の9点ビハインドから、5回以降に点を取って逆転するという極めて奇跡的で漫画チックな試合がこの宇都宮清原球場で現実に起こった。試合の中でいろいろな駆け引きがあり、試合の流れを掴むことの大切さと試合の流れが変わってしまうことの怖さを学んだ試合であった。
この秋季大会が開幕される前に、私は矢板中央高校野球部の新チームは例年になく仕上がりが良いと聞いていたので、いったいどこまで勝ち上がれるのかをとても楽しみにしていた。しかし秋季大会が始まると、矢板中央のこの準決勝進出までの戦いはとても険しかった。1回戦は石橋高校に3回裏に2死2塁から右中間にタイムリーヒットで1点を先制され、続く4回裏も無死1、2塁のピンチ。ここで矢板中央のエース清水が次の打者の送りバントを迷わず3塁に素早く送球、2塁走者を間一髪フォースアウトにした。なおも1死1、2塁の場面で清水が上手い逆モーションでの2塁牽制で2塁走者を刺し、次の打者をゴロに打ち取りピンチ脱出。この4回裏に追加点を取れなかった石橋は勢いを止めてしまい、逆にピンチを凌いだ矢板中央は流れを掴み、6回表にタイムリーヒットでまず同点、延長11回表に4番井上と5番漆原の連続2塁打で決勝点をもぎ取り2対1で石橋に逆転勝利。2回戦のさくら清修高校戦も1対1の同点から7回表に三遊間への内野安打で1点を勝ち越され、1点ビハインドのまま9回裏を迎える苦しい展開だったが、9回裏に高橋の三塁線への2塁打を足がかりに送りバントと四球で1死1、3塁とし、相手投手の暴投で同点でなおかつそのボールの処理をキャッチャーがもたつく間に1塁代走の滝が1塁から一気に3塁まで到達する好走塁。これが効いて息を吹き返し、9番清水の右越え3塁打で逆転サヨナラ勝ち。3回戦のシード栃木工業高校戦は1対1で迎えた8回裏、2死2塁から1番薄井のセンター前タイムリーが決勝点となり2対1で勝利。準々決勝のシード作新学院高校戦も1回表に初球を1番薄井が先頭打者ホームランで1点を先制し、3回表にも2点を追加、作新を8回裏の1点に抑え3対1で勝利した。矢板中央は初戦から準々決勝までバッテリーを中心とした守りとここ一番の勝負強い打撃でここまで勝ち上がってきたので、今日6日の準決勝もシード宇都宮商業の打線を矢板中央のエース清水がどう抑えるかが焦点の投手戦が予想された。しかしいざふたを開けてみると、予想に反し壮絶な打撃戦になった。
準決勝第2試合の大一番は、12時20分に矢板中央の先攻で試合開始。1回表の矢板中央の攻撃は、1番薄井が外野へいい当たりの打球を打ったが外野手に好捕されてしまい、続く2番菅野と3番小林も倒れて三者凡退。1回裏の宇都宮商業の攻撃、矢板中央の先発のエース清水は立ち上がりが不安定で先頭打者を四球で歩かせ、その走者を送りバントなどで2死ながら3塁まで進められてしまう。そして次の打者のときに清水の投球をキャッチャー高橋が後逸して球審の真後ろに転がったボールを見失ってしまい、その間に3塁走者に生還され嫌な形で宇都宮商業に1点の先生を許した。続く2回裏も1死3塁からスクイズで1点追加、2点目を失う。この2失点目で矢板中央はシード宇都宮商業の勢いに飲まれ、浮き足立ってきた。そんな矢板中央の劣勢を尻目に、宇都宮商業打線はさらに襲いかかる。4回裏の宇都宮商業の攻撃は四球2つで無死1、2塁。さらに次の打者の送りバントをピッチャー清水とサード大沢が一瞬譲り合い大沢の出足が遅れてオールセーフ。無死満塁。ここで次の打者はセカンドゴロ。しかしセカンド菅野は肩の調子が悪く、緩い送球のため本塁でのフォースアウトのみでゲッツーが取れなかった。これが響いて、その後は一塁線の2塁打を皮切りに4長短打を集中され、気が付けばこの回一挙7失点。0対9の9点差となり、あわや5回コールドかと思われた。1つ前の準決勝第1試合に勝って決勝戦進出を決め、バックネット裏でこの試合を観戦していた宇都宮南高校も「もう相手は宇都宮商業高校に決まっただろう」と思ったのか、4回裏が終了した後すぐに球場から去っていった。ここから奇跡の逆転があることも知らずに…。矢板中央の選手たちの目はまだ死んではいなかった。
矢板中央はスコア0対9となった直後に先発マスクの高橋に変え吉永を投入。この吉永の投入が、矢板中央の嫌な雰囲気を徐々に変えていった。吉永は守備陣への冷静な声かけとピッチャーへの巧みなリードでチーム全体を引き締め、難なくこの4回裏を切り抜けた。球審のストライクゾーンもすぐに把握して雰囲気を良くし、審判への印象を良くして味方につけるあたりは将来性を感じさせた。そして5回表から、諦めを知らない矢板中央の驚異的な粘りが始まるのだ…。
5回表の矢板中央の攻撃はまず先頭打者の5番漆原が四球で出塁。6番吉永がライト前ヒットで続き、7番矢田部の一塁線の2塁打と8番大沢の二者連続タイムリーでまず2点を返した。さらに9番清水のセンターへの犠牲フライで3塁から矢田部が還り3点目、次の1番薄井のライトポール際への2試合連続となる2ランホームランで、この回合わせて5点を返し5対9。そして2番菅野がセンター前ヒットを打ったところで、宇都宮商業はピッチャーを先発の右上手投げの天谷から2番手の右横手投げの尾島に替えてきた。尾島はこの5回表は矢板中央の後続を抑えたが、この天谷から尾島への交替が逆に矢板中央打線を余計に勢い付かせてしまった。続く6回表の矢板中央の攻撃は無死1、2塁。ここで矢板中央の樋下田監督は仕掛けた。7番矢田部、8番大沢にバントの構えで揺さぶらせ、簡単にはバントせずに相手バッテリーの動揺を誘う作戦だなと私は思った。矢田部のバントはピッチャーの正面に転がってしまい3塁に送球されてフォースアウトで送りバントを失敗してしまったが、ピッチャーの送りバントでの3塁送球はかなりの素早い動作と正確な送球が要求されるから、ピッチャーを疲れさせるのには有効な手段だ。続く大沢にもバントの構えで揺さぶりをかけ、結局大沢は送りバントを成功させ2死2、3塁とした。この樋下田監督の絶妙な相手バッテリーへの揺さぶりが、矢板中央サイドに相手を見下ろすような余裕を生み出して試合の流れを完全にこちらに引き戻し、逆に今度は宇都宮商業サイドが徐々に浮き足立ってきて球場での嫌な雰囲気に飲まれていってしまった。いつもはクレバーなリードをする宇都宮商業のキャッチャー高野までもが、さすがにこの揺さぶりにはすっかり冷静さを欠いてしまい、尾島を上手くリードできなくなっていた。さらに追い打ちをかけるように、宇都宮商業にとっては致命的な目に見えないミスがあった。1試合で初回から9回までに両チームともに3回だけ認められている守りのタイム3回分を、5回表の1イニングだけで一気に全部使い切ってしまったのだ。余程大谷津監督は焦っていたのだろう。6回表以降は宇都宮商業にとってはピンチの連続だが、肝心なところで守りのタイムを取ることが取ることができず、防戦一方となり嫌な流れを最後まで断ち切ることができなかった。逆に試合の流れに乗っている矢板中央はその後、2死2、3塁から9番清水の四球で満塁として1番薄井のセンター前2点タイムリーで7対9の2点差に追い上げる。矢板中央は続く7回表に、6番吉永の一塁線のタイムリー2塁打で1点を返し8対9とした。さらに8回表、矢板中央の攻撃は先頭打者の8番大沢が倒れ、1死から9番清水が四球の後に、今日ホームランとタイムリーを打って波に乗っている1番薄井を打席に迎える。薄井は綺麗にセンターへ鋭いライナーで弾き返し、その打球のワンバウンドが大きくイレギュラーして高く跳ねた。宇都宮商業のセンター坂本は慌ててジャンプしてその打球を捕ろうとしたが、打球は坂本の頭上をはるかに越してバックスクリーン方向へ抜けていき、ラッキーなタイムリー3塁打になった。この間に1塁走者の清水は1塁から一気に生還、気が付けば矢板中央は驚異的な粘りで9点差を跳ね返して9対9の同点に追い付いていた。一方、8回裏に宇都宮商業も負けじと1死2塁から次の打者がレフト前にヒットを打ち2塁走者が一気に本塁を狙うが、レフト小林が打球を取ると素早くキャッチャー吉永へワンバウンドでストライクの好返球で、2塁走者を本塁でタッチアウトにして宇都宮商業の勝ち越しを阻止した。そして9回は両チームともに得点を許さず、第2試合は9対9の同点のまま延長戦に突入して両雄がっぷり四つに組んだ総力戦になった。
宇都宮商業は嫌な雰囲気に飲まれたままで選手たちの躍動感がなくなっており、5回以降は8回表の本塁タッチアウトを除けば淡白な攻撃が続いていたが、延長10回裏にようやく攻め立て矢板中央にとっては久しぶりのピンチが訪れた。先頭打者をヒットで出塁させサヨナラの走者を許す。無死1塁。しかしこのピンチにも、試合の流れを掴んでいる矢板中央サイドは冷静だった。次の打者の送りバントが小フライになりピッチャー清水がこれを上手くダイビングキャッチしてボールを捕り、さらに飛び出した1塁走者も1塁送球でアウトにしてゲッツー、2死走者なしとした。その後は2死から粘られ1、2塁とされるが、次の打者の一塁線ギリギリのフライを、途中から菅野に替わってセカンドに入った菊地祐が上手く落下地点に入って好捕しピンチを脱した。11回表の矢板中央の攻撃は2死から9番清水の左中間への3塁打と1番薄井の敬遠で1、3塁としたが、宇都宮商業の外野手の好守備もあって2番菊地祐が倒れ、あと1本が出ず無得点。11回裏の宇都宮商業の攻撃も2死ながら2塁まで走者を進めるが、次の打者の三遊間への深い当たりのゴロを矢板中央のショート薄井が上手く最短距離でボールを捕ってすぐ踏ん張り1塁へ送球、ちょっと送球は左にそれたがファースト漆原は懸命に体を伸ばして上手くこの送球を捕り、打者走者を間一髪アウトにした。
そして試合は延長12回表にようやく動いた。先頭打者の3番小林が四球で出塁し、4番井上の送りバントで1死2塁。5番漆原は外野フライに倒れ、2死3塁。ここで当たっている6番の吉永を迎える。吉永はツーストライクに追い込まれながらも相手投手の変化球に食らい付いてファールで粘り、狙いをストレート一本に絞っていたように見えた。そしてその待っていたであろうストレートが外角に入ってきたところを、吉永は狙いすましたように上手くジャストミートして右中間に弾き返した。宇都宮商業のライト上田はこの打球に懸命のダイビングでボールを捕ろうとするも届かず、打球は右中間の深いところへ抜けていく殊勲のタイムリー3塁打で、3塁走者小林が生還してついに矢板中央は9点のビハインドから試合をひっくり返した。ここで宇都宮商業はピッチャーを2番手の尾島から3番手の右上手投げの中山に替えてきた。宇都宮商業の大谷津監督にとっては「なんとかここは1点差で止めておきたい」という祈るような思いでの交替だったのだろう。しかし、その大谷津監督の思いは無情にも届かなかった。中山が踏ん張りきれなかった。矢板中央はなおも2死3塁から7番谷田部が死球で続き、次の8番大沢はサード左の方向へ高いバウンドのゴロを打ち一塁へ全力疾走。宇都宮商業のサード関は全力疾走する大沢の姿が目に入り焦ったのか、ショート大塚との連係が合わず一瞬反応が遅れてしまった。そしてこの打球を弾いてしまい痛恨のミス、慌てて弾いたボールを拾いファーストへ送球するが、ボールがファーストのミットに収まったときにはすでに大沢はヘッドスライディングを終えており、1塁塁審はゆっくり両手を横に広げセーフの判定をした。その間に3塁から吉永が還り、この大沢のタイムリー内野安打で矢板中央はさらに貴重な1点を追加して宇都宮商業から2点のリードを奪った。いや、奪ったというよりは全力疾走する執念でむしり取ったと言う言い方の方が正しいかもしれない。私は大沢の「なんとしてもここは追加点を取りたい」という気持ちのこもった全力疾走と1塁へのヘッドスライディングに感動し、いつの間にか涙が止まらなくなっていた。これで11対9。一方、宇都宮商業サイドの選手たちはいったい何が起こっているのか分からないような、信じられないといった顔つきをしていた。矢板中央に同点に追い付かれながらも必死の好守備で9回表から11回表まで再三のピンチを脱してきたが、さすがに12回表のこの2点はかなり効いたようだ。「せめて1点差で止めていれば…」という思いもあっただろう。
12回裏の宇都宮商業の攻撃は先頭打者をヒットで出塁させるものの、2点差を追い付くためにはここはもう打つしかない。大谷津監督は突破口を開こうと代打を送るが、その打者はショートゴロで1塁走者を2塁に進めることができなかった。その後は矢板中央の清水が後続を三振、ショートゴロに抑えて試合終了。結果は11対9で矢板中央は奇跡の逆転勝ちで3時間27分にも及んだ延長12回の死闘を制して決勝戦進出を決めると同時に、ノーシードから一気に駆け上がり10月27日から栃木県で開催される秋季関東高校野球大会への出場権を得た。
9点差を逆転して勝利できたことが信じられなかったのか、試合終了の瞬間に矢板中央の控え選手たちが一斉にベンチから飛び出してグラウンド上にいる選手たちとともに喜びを爆発させ、試合終了の挨拶後に元気良く校歌を歌っていた。その姿をベンチ前で悔しそうに見つめる宇都宮商業の選手たち…。勝負というのは本当に非情だ。試合後のエール交換のとき、両校に温かい拍手が送られた。両チームがともに天国と地獄を見たような試合結果に、私は改めて野球というのは本当に恐ろしいスポーツだと思ったし、準決勝の大事な一戦で随所に好プレーを見せる両チームの選手たちに感動した。こんな滅多に見ることができない試合を生で見ることができ、私は本当に34年間生きていて良かったと思った。まさに「ミラクル矢板中央」と呼ぶにふさわしい、劇的な良い試合だった。